■一生懸命の芸人・吉田簑助 ― その1 ―
1.ここに一葉の写真がある
写真といっても、「頭巾かぶって五十年 ― 文楽に生きて」(吉田簑助著・淡交社刊)の第一章の扉に印刷されたものである。
縦長に構図されたその写真(撮影・土門拳)には、漠として遐い彼方に視線をやる黒衣姿の少年の頭上に、飄然と天を仰ぐ人形がぶら下がっている。
その少年の視線の向こうになにがあるのか。
濃密にその空間に詰まった寂寥感にも無関心の態で、虚ろに放つ視線の向こうには、時を未来に超えた所で、彼の磨き鍛え上げた「芸」を喝采する観客たちの蜃気楼が漂ってでもいるのだろうか。
歓声と称嘆のなかで華やかであるべきその舞台の裏で、何者もその心への進入をゆるさない強い意志に守られた孤独と、果てしない自己追究によって生み出される甘美的な寂寥とに、やさしくいだかれているそのひっそりとした「瞬間<とき>」が、至福の夢の時間でもあるのだろうか。
吉田簑助。いまの彼が、そのまま余さずそこにある。

| その2 ・・・>
写真といっても、「頭巾かぶって五十年 ― 文楽に生きて」(吉田簑助著・淡交社刊)の第一章の扉に印刷されたものである。
縦長に構図されたその写真(撮影・土門拳)には、漠として遐い彼方に視線をやる黒衣姿の少年の頭上に、飄然と天を仰ぐ人形がぶら下がっている。
その少年の視線の向こうになにがあるのか。
濃密にその空間に詰まった寂寥感にも無関心の態で、虚ろに放つ視線の向こうには、時を未来に超えた所で、彼の磨き鍛え上げた「芸」を喝采する観客たちの蜃気楼が漂ってでもいるのだろうか。
歓声と称嘆のなかで華やかであるべきその舞台の裏で、何者もその心への進入をゆるさない強い意志に守られた孤独と、果てしない自己追究によって生み出される甘美的な寂寥とに、やさしくいだかれているそのひっそりとした「瞬間<とき>」が、至福の夢の時間でもあるのだろうか。
吉田簑助。いまの彼が、そのまま余さずそこにある。

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