■簑助のいる曽根崎心中 

初めて、曽根崎心中を観たのは、1998年の東京の国立小劇場だった。
2度目は、同じ年の9月、京都府八幡市の文化センターでの地方公演だった。
そして、その年、11月。簑助師は、倒れた。
「もう一度舞台に戻る」その一念で、リハビリに励まれ、奇跡的な復帰をなされた。その初日の舞台をはらはらしながらも観ることができたのは、簑助師の舞台復帰にかけた、芸一筋の一念の賜に違いない。
そして、私にかつて大きな感動を与えてくれた『本朝廿四孝・奥庭狐火の段』が、昨年冬、還ってきた。「ぜひ観るべし」と、私は家族を劇場に連れてきた。その夜、家族で感動を共有しあった。
3度目の簑助師のお初に会えたのは、この夏だった。このときも家族にぜひ観ておくようにと、一緒に行った。
お初が、よかった。簑助が見えない。人形のお初だけが、舞台の上で演じている。肩のナイーブで艶っぽい動き。お初の意気地が乗り移ったかのような長煙管。抑え気味に遣いながらも、心の揺れ動きが、その思いが、的確に、しかも表情豊かに伝わってくる、その簑助師のお初だけがよかった。
きっと、簑助師の気持ちが充実しているからこそなのだろう、動きに無駄がなく、しかも、自然だった。人形であって人形でない、女であって女でない、「簑助のお初」が完成されてあるように見えた。
芸に対する一途な思い、人形遣いとしての誇り、そして何よりも顧客(観客)満足の追求、それらが、簑助師の舞台復帰への精進、研鑚を積み重ねる日々のなかで、いい形で醸成されたに違いない。
あっという間に、舞台は終わり、感動の余韻が心地よく静かに広がった。その余韻を道連れに、私たちは帰路についた。
それにつけても、このままでは、人形だけの文楽になってしまうのではないだろうか? 簑助師の完全復帰という喜びの片隅で、ふと過ぎった、水を差すような幽かな不安を振り切るように、簑助師の完全復活という至福を噛みしめながら、熱帯夜の家路を急ぐばからだった。

2007/10/10 Wed 11:19 | 文楽は遠くなりにけり | トラックバック:0 | コメント:0












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