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吉田幸助、「文楽・若手会」で、実盛を遣います。

吉田幸助(文楽人形遣い)が、
第11回「文楽若手会(6月25・26日)」で、
「源平布引滝」で、斎藤実盛を遣います。
その思いを、“YouTube”で、熱く語っています。
ぜひ、一度、
吉田幸助(文楽人形遣い)、実盛を語る。
を、ご覧ください。

「文楽・若手会」については、

http://www.youtube.com/watch?v=OH5HUng9W40

を、ご参照ください。

若手会1

若手会2

若手会3

若手会4
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テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

吉田玉松さんの幻のテープは残っているのだろうか?(「遅まきながら、酒も女も…」おそまいに)

吉田玉松と胴串
↑「吉田玉松さんと胴串」 最後まで似ていなくてすいません。

実は、
「酒と女とバラの日々」編のための取材は、
後日、してるのです。

したのですが、
当時のぼくの力量では、どうしてもまとめきれず、
そのまま、お蔵入りと、勝手にしてしまったのです。

その後、玉松さんと会うたびに、
「あれはどないなったんや」
と、問い詰められたことしばしばでした。

そうこうしているうちに、文楽劇場の楽屋に行っても、
玉松さんの姿が、見えなくなり、
2007年に、引退したことを知りました。

取材のとき、
「これだけはちゃんと書いといてや」
と言われたことが、
ひとつだけ、あります。
「ぼくは、アメリカ、ニューヨークのオビー賞をもらってるんや」

実際、玉松さんは、
1989年に、
第34回オビー賞“Off-Broadway Theater Awards”を受賞されています。
対象作品は、“The Warrior Ant”らしいのですが、確かなのことは、
いまのぼくには、わかりません。

もしかしたら、取材テープに、
受賞作品が録音されているのかもしれませんが、
その取材テープ、どこにしまったのか。
というよりも、
手許に、果たして残っているのだろうか。

そのオビー賞のこと、
書くこともなく、頓挫したことは、
慙愧、無念、悔しいことです。

にはの寿々女

*オビー賞とは、Wikipediaによると、「アメリカにおける演劇に対する賞としては、トニー賞に次いで権威がある。トニー賞がブロードウェイを対象としているのに対し、オビー賞はそのほかをカバーしている。」とある。
ハリウッドスターのダスティン・ホフマン、ウッディ・アレンも、オビー賞受賞をきっかけに大スターへの道を歩んだとか。
*オビー賞授賞作品は“Tamamatsu Yoshida, The Warrior Ant”とありました。詳細は、<http://www.villagevoice.com/obies/index/1989>を、ご覧ください。

<・・・ その3|了

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「遅まきながら、酒も女も…」とりあえず其の壱(その3)

菅原伝授手習鑑・桜丸
↑「菅原伝授手習鑑」(1984年5月・桜丸)どうしょうもなく似ていなくてすいません。

話は前後しますが、最初に番付に載ったのが昭和二十二年で、玉一郎で載りました。これは親父の玉造<ママ>の「玉」に、紋十郎師匠の「十郎」ではおこがましいということで「一郎」。昭和二十六年に桐竹紋弥、昭和四十八年に父の前名の玉松を襲名しましてん。あとは親父の名前を継ぐだけなんですが、色男、金と力はなかりけりじゃないけれど、ここんとこちょっと体が弱いのが泣き所ですね。
病気になったり、いろいろケガしたりしたのが運が悪いといえば悪い。本当は運だけではなく、自分も悪いんですが。
ケガといえば、なんか骨折が多いね。最近では犬の散歩のときにボールが転がってきてちょっと蹴り返したらアホみたいに半月板を傷めましてん。医者はやめとけと言ったんやけど、それでも舞台に立ってさらに傷めてしまいましてん。
病気の素は、やっぱり、「女と酒」ですやろか。
ええ仕事したら、神経をすごく使いますので飲まないとしんどい。
酒ならなんでも来いなんですが、日本酒なら一升ビン。ブランデーもいいし、ワインもいい、それに養命酒。養命酒は少しなら体にええんやが、いっときに二本も三本も飲むとあかん。いまは、もうあきまへん。一升ビンなら三日もある。
酒は美人をアテにして飲むのが一番いいね。そりゃ若いときは、ファイトファイトで「酒と女とバラの日々」でしたわ。そんでいま体がバラバラ。ひとつ忠告しといてあげるけど、七人目で夜明けを迎えるような無茶は慎んでおかなあかんよ。遊びのコツは「やるだけやって慎む」。この「慎む」を忘れると、包丁が突然来たりすることがあるからほんまにこれは怖い。
この夏の『夫婦善哉』の柳吉を、平成二年の夏に一暢さんの蝶子とでやりました。あの役はそのまま地でやれたんやけど、地そのままでやる芸は芸やないんであきません。今回は蝶子の父親の種吉を受け持ちます。
これからは、どんな役よりも「女が好き」ではあきません。
五代目襲名も目標にしたいし、やりたい役もいろいろあります。しかしその前に体を治さなあきまへん。
後援会の人たちも心配してくれはりますんで、それで遅まきながら、酒も女もやめました。そいで、女房が一番喜んでるんと違いますか。
これからは、玉男さんの二の線を目指したいと思ってます。忠兵衛や長右衛門といった色男や、徳兵衛もいい。それとビシっときまった熊谷なんかやっぱりいいですね。
それでは今日はこの辺で、つぎは、「酒と女とバラの日々」編といきましょうか。あんたも嫌いやないようやし。

(「文楽いこ会」会報・特別4号・1998年10月20日発行から転載)

<・・・ その2おしまいに ・・・>


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「遅まきながら、酒も女も…」とりあえず其の壱(その2)文楽人形遣い・吉田玉松さんのこと

勧進帳・弁慶
↑「勧進帳」(1978年12月・弁慶)またまた似ていなくてすいません。

紋十郎師匠のときも勘十郎師匠のときも足から入りました。そう言えば、足は長かったですね。これがええ勉強になりました。
清十郎さんの左をやってそれから主遣いになりました。
初めての主遣いは、昭和三十五年の朝日座で、馬方の三吉でした。師匠の紋十郎さんが病気になり、勘十郎師匠が重の井の代役に廻ったので、急に「おまえやれ」になったわけです。
主遣いの役は私と同じような色男が多かったね。
若いときは派手に動きましたが、いまは動きの少ないほうがやりがいがあります。派手と言いますと、あの紋十郎師匠から「ハデに動くな」とよう言われました。そやけど若いときはやっぱり動きたいもんで、それで反発しながらも、徐々に動きを抑えるようにしました。いまにして思えば、将来の私の芸、二の線、私と一緒の二枚目の線やけど、その二の線を行く芸を考えて、注意してくれたんやと思います。実際、注意され出したころから二の線が増えました。
二の線といえば、玉男師匠の二の線が大好きですねん。ほんとうにかっこいいねえ。憧れます。
玉男さんの熊谷と徳兵衛、あれはきまってますね。かっこええ。熊谷なんかは正面から見たとこがほんまにええ。玉男さんはどこから、どんな角度から写真撮られてもきまっているようにする。これはほんまに勉強になりましたわ。
「格調の芸」ですわ。サマになるように一生懸命隠れたところで努力しはる。それに姿勢がいい。
玉男さんといえば、弥陀六の足をやらせてもらったことがあるんです。
弥陀六は父が得意としていました。そういえば父は、「ワキをやったら主役をやれる。主役が見えないとワキはでけへん」とよう言うてましたわ。

(「文楽いこ会」会報・特別4号・1998年10月20日発行から転載)

<・・・ その1その3 ・・・>

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「遅まきながら、酒も女も…」とりあえず其の壱(その1)文楽人形遣い・吉田玉松さんのこと

吉田玉松・与市兵衛
↑「仮名手本忠臣蔵・山崎街道出合の段」(1978年1月・与市兵衛)やっぱり似ていなくてすいません。

ちょっと気になる、変な存在感のある玉松師匠。
脆弱そうな感じの中に、
どこか粋さがある。
随分と泣かしたんだろうなとふと思ってしまうような艶やかさといえる。
そこはそれ、何となく世に言う所の芸人らしい雰囲気がある。
芸人らしいとは一体なにかと訊かれたら困るのだが、
そこはほれ、長い付き合いなんだから暗黙的了承を。


吉田玉松。
生まれは大阪は北の中野町です。
叔父に松竹新喜劇の千葉蝶三郎がいまして、その縁で子役をやってました。
男の子の役はもちろんですが、
そりゃもう、かわいい顔していましたから、
ほれ、面影残ってるやろ、
それで女の子もやらされました。


十歳のころ入座しまして、昭和の十七年です。それから二年ほど、戦局の悪化で芝居どころやなくなった十九年までやってました。戦争中やいうこともあって、芝居は大阪だけやなく、日本中あちこち廻りましたなあ。
終戦は大阪の九条で迎えました。なんで九条なのか言いますとそれは次の機会にお話しすることとして、ま、仕事もせんと、遊んで暮らしてたということです。遊び?それはいろいろです。
昭和二十二年ですね、文楽の舞台に立ったのは。それまでなんで文楽をやらなかったかといいますと、それはですね、親父を見ててイヤやったからです。それがなんの因果でか知りませんが、結局は文楽ですわ。
四代玉造<ママ>、玉造は親父ですが、その弟子の玉市さんの所に入りました。親父と一緒に舞台に立ったのは翌年の二十三年の中座でした。私は「勧進帳」の太刀持ちで出ました。その後すぐでしたから、父が中気で亡くなったのは。舞台を一緒にしたのはそれが最初で最後。
文楽の方もその直後に因会と三和会に分かれることになり、私はそのころ紋十郎師匠に付いていましたので一緒に三和会の方へ行きましたが、最初の師匠の玉市さんは因会に残りました。
紋十郎師匠は、そりゃもう派手な芸で、いつもかっこいい見せ場をつくりました。
紋十郎師匠が亡くなったあとは勘十郎師匠の預り弟子になりました。
勘十郎師匠は、その日その日に応じて、その場の空気を見て演じてました。その点、玉男さんはきまってる。いつ見てもきちんときまってる。
派手で華麗な紋十郎師匠と、野放図で大きな動きの荒事の勘十郎師匠の、ええとこどりをしようと一生懸命がんばりましたね。

(「文楽いこ会」会報・特別4号・1998年10月20日発行から転載)

<・・・ はじめにその2 ・・・>

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文楽人形遣い・吉田玉松さんのこと(「遅まきながら、酒も女も…」はじめに)

吉田玉松・桃井若狭助
↑「仮名手本忠臣蔵・足利館大手下馬先進物の段」(1976年12月・桃井若狭助)ちっとも似ていなくてすいません。

きのう、文楽の人形遣いだった、
吉田玉松さんの訃報を知りました。
玉松さんは、ぼくが好きな文楽の芸人さんのおひとりで、
玉松さんも結構、ぼくを気に入ってくださり、
一度、法善寺の行きつけの粋な飲み屋さんに連れて行ってくださいました。
もうそのときは、玉松さんは肝臓を悪くされていて、
お酒は飲めなかったのですが、
なぜかボトルだけはキープされてあったように、うろ覚えしています。
ぼくだけが飲んで、
いろいろお話を、楽しくお聞きしたような記憶があります。
「ぼくのボトルで、飲んでええから、また来てやって」
そう言ってくれたことだけは、しっかり覚えているのですが。
さて、その玉松さんをしのんで、
「文楽いこ会」さんの会報(特別4号・1998年10月20日発行)から、
ご許可を得て、
“「遅まきながら、酒も女も…」とりあえず其の壱”
を、転載させていただきます。

その1 ・・・>

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豊松清十郎さんの応援ブログが始まりました。

吉田清之助改め

五世 豊松清十郎

を応援するブログ

豊松清十郎、焦らず、怠けず、諦めず。

  http://seijuro5th.blog113.fc2.com/

が始まっています。

文楽の次代を担う人形遣いの一人として、

日々文楽一途にがんばっておられる豊松清十郎さん。

そんな清十郎さんを、



人形遣いとしてのその芸道を幅広く奥深く伸ばしてほしいと、

見守り続けます。




とのことです。

ぜひ、1度ご訪問を。





はげみになります。どうかよろしくお願いします。
m(_ _)m


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人はその女を、アネゴ13と恐怖の名で呼ぶ。

吉田幸助を、ターゲットに、厳しくシューティングする
“ANEGO13シリーズ”
いよいよ連載開始。


ANEGO13

はげみになります。どうかよろしくお願いします。
m(_ _)m


ぼくを、文楽を観るきっかけを与えてくれたお方、
そのお方を、ぼくは、
敬意と畏怖と服従をこめて、
「組長」
と、呼ぶ。

決して、クラスの委員長ではない。
もちろん、
組ひも屋の親方でも、
め組のかしらでも、
白組の司会者でも応援団長でもない。
ある文楽愛好者集団を束ねる
「組長」
なのである。

決して、文楽の圧力釜ではない。
大阪が生んだ大衆芸能を、
どうにかこうにか、
微力ながらも支えようではないか!
という、
いと、いぢらしい集団なのである。

その微力弱小孤高尊厳毅然とした集団の
組長、
なのである。

その組長が、
集団活動にひとつのゴールを終えて後、
新たな一歩を踏み出したのが、
吉田幸助をターゲットに、
厳しい熱視線をシューティングする、
幸助ウォッチャー「ANEGO13」
への変身なのであった。

その組長、
ちゃうちゃう、
「ANEGO13」の活躍を、
シビアに、辛らつに、描いた
ANEGO13シリーズ”、いよいよ連載開始。
ぜひ、ご高覧を!

↓ さぁ!今すぐ、ジャンプせよ!
http://senyo2234.blog33.fc2.com/blog-entry-198.html

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Author:8ppy
あちゃぱぁふぉっふぁぱっぱらぱ。
うまい安い簡単料理レシピ大ちゅき。
手抜き本格美味微味もちろん大ちゅき。
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